◆あなたに贈る日めくり人間革命◆
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 あなたの人間革命に乾杯!
◇功徳◇
第0737回
2014-10-23
「信心」を我がいのちに染め抜いた人は強い(2) 
<最後まで正しき信心の道を歩みゆけ!> 
 日蓮大聖人の門下の一人「石河の兵衛(ひょうえ)入道」の娘は、病のため、若くして亡くなった。一説には、彼女は南条時光の姪にも当たり、こうした縁からか、早くから親子ともども純真な信心に励んでいたようだ。
  この「ひめ御前」は、亡くなるすぐ前に死を覚悟し、「さいご(最後)の御ふみなり」(これが最後の御手紙になります)としるした手紙を大聖人にお届けした。そして、臨終の折には題目を粛然と唱え、亡くなっている。
  その姿に対し、大聖人は「此の女人は・なにとなけれども自然に此の義にあたりて・しををせるなり、たうとし・たうとし」(御書1546頁)と仰せになっている。
  つまり、彼女は、なんとはなしに、自然のうちに、正しい実践にかなった信心を貫き通した。これは、まことに尊いことである、尊いことである、と御本仏自ら最大の賛嘆の言葉をくださっている。
  真実の「勝利」と「幸」の生涯であったかどうか──それは人生の途中の姿では分からない。また、単に長生きしたかどうかで決まるものでもない。最後の最後まで、正しき信心の道を歩み抜いたかどうか。ここに、すべてを決する要諦がある。
  生命は永遠である。かりに病気等で早世(そうせい)したとしても、妙法を根本に広布のため、人々のために戦いきった場合には、今世よりは来世、来世よりはその次の世と、限りなく福徳を増し、生命力を強めながら三世永遠に「幸福」の軌道を飛翔していけるというのが妙法の絶大なる力用である。
  ゆえに“若死にしたから信心がおかしい”とか、“子供を亡くしたから信心が弱い”とかいうことは絶対にないし、単純にそう考えることは誤りである。
  たとえ平凡であれ、短命であれ、妙法に則って生き抜いた人は、まぎれもない「生命の王者」であり「生命の王女」となる。
 (つづく)
1988.11.3練馬・町田・葛飾合同総会
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