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◇慢心◇
第1294回
2016-11-07
周恩来総理夫人に学ぶ(3)
 <信心の最大の敵は「慢心」> 
 人間にとって、仏法において、一番の敵――それが「慢心」である。「増上慢」である。きょうは、御書を拝し、法華経を拝して、厳しく戒めておきたい。
 日蓮大聖人は、末法の世について、「人の智浅く慢心高きゆへ」――人々の智慧は浅く、慢心は高い――と述べられている。
 また「嫉妬の思い甚し」とも言われている。
 これらの仰せのとおり、慢心や嫉妬が渦巻くのが、末法の人間社会である。そんな世の濁流に飲み込まれて、信心を失ってはならない。
 大聖人は、このことを繰り返し教えておられる。たとえば「仏になる道には我慢偏執の心なく南無妙法蓮華経と唱へ奉るべき者なり」と。
 自分の現状に停滞せず、どこまでも、どこまでも向上を求める「求道心」が大切である。そして、嫉妬や増上慢の悪人と戦う「行動」が絶対に必要なのである。
 これまでにも、残念ながら、才知や役職、職業や学歴、権力や財産などにとらわれて、慢心や嫉妬を起こし、信心を失った者たちがいた。
 また、自分が退転するだけでなく、清らかな信心の世界である学会を破壊しようとする反逆者たちもいた。
 彼らは、わずかな「身の財」「蔵の財」に酔って、信心という最も大切な「心の財」を忘れてしまった。そのために、清らかな信心の同志を尊敬できなくなり、広宣流布ひとすじの、まじめな学会の世界にいられなくなってしまったのである。この本質を見破らなければならない。
 法華経には、「法華経の行者への迫害者たち」の姿が説かれている。
 勧持品の「三類の強敵」や、不軽品の「上慢の四衆」などである。
 彼らは「増上慢」と呼ばれる。迫害者の行動の根っこには必ず慢心があるからである。
 具体的には、「未だ得ざるを為れ得たりと謂い」(まだ仏法上の高い境涯を得ていないのに得ていると思い込み)、「我慢の心充満せん」(我尊しというおごりで心がいっぱいになる)等と説かれている。
 三類の強敵の中の「僣聖増上慢」は、尊敬されるべき人徳もないのに、徳が高い聖人のように自分を見せかける。
 そして、民衆を蔑んで、「民衆のために戦う法華経の行者」を敵視するのである。その根本は慢心である。
 退転者が、信心の破壊者となっていくのも慢心からである。
 心が卑しいのに、人格者を装う。真剣に勤行もしていないのに、信心があるふりをする。自分が実践していないのに人を煽る。力も無いのに、地位をかさにきて、いばる。自分を飾るだけで、人を尊敬できない――。
 要するに増上慢は、慢心で心がマヒし、ねじ曲がっている。自分を見つめることができない、恥しらずなのである。
(つづく)

池田大作全集(90) 1.26「SGIの日」記念協議会 (1999年1月27日)
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