◆あなたに贈る日めくり人間革命◆
※今日一日このスピーチの実戦を心がけてください。
あなたの人間革命に乾杯!
◇宿命転換◇
第0650回
2014-07-20
宿命転換の原理(6)
<大聖人の自己凝視>
すべて、難に苦しむ門下のためです。真の人間を創ろうとされているのです。今は、薄っぺらな精神の漂白がなんと多いことか。人々の魂が浅くなるのが末法です。残念ながら、日本はとりわけ、その傾向が顕著だと多くの識者も見ている。
難を自身を深める契機としていく。難に遭えば遭うほど人間が完成されていく。それが日蓮仏法のいき方です。
だから、人間革命の理念と実践が重要なのです。人間を深めることを忘れると、どうしても、難に遭えば卑屈になり、周囲を恨むようになる。それが人間の常とも言える。
そうならないためにも、深く自分を見つめ、自分自身を絶えざる成長へと高めていく努力が必要になってくる。
それでは、大聖人がどのように御自身を凝視されていかれたのか。「佐渡御書」を拝してみよう。
『日蓮も又かくせめらるるも先業なきにあらず不軽品に云く「其罪畢已」等云云、不軽菩薩の無量の謗法の者に罵詈打擲せられしも先業の所感なるべし何に況や日蓮今生には貧窮下賤の者と生れ旃陀羅が家より出たり心こそすこし法華経を信じたる様なれども身は人身に似て畜身なり魚鳥を混丸して赤白二滞とせり其中に識神をやどす濁水に月のうつれるが如し糞嚢に金をつつめるなるべし、心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず身は畜生の身なり色心不相応の故に愚者のあなづる道理なり心も又身に対すればこそ月金にもたとふれ』(佐渡御書、958頁、編473頁)
御自身の「心」に対する洞察も、いささかの妥協もなく掘り下げていかれている。
『心こそすこし法華経を信じたる様なれども』と仰せですが、大聖人が色心二法で経を読まれ、二十八品悉く身読されたことは言うまでもありません。それでも、「すこし」「信じたる様」と仰せられている。
そして、最後は『心も又身に対すればこそ月金にもたとふれ』と、あくまで畜心である肉体に対比して心を月や金に譬えることができるのであって、その心自体もおぼつかないのであると仰せです。
これは、無明に酔い、魔性に負けていく人間の心のはかなさを言われている。この心の弱さを越えていくのが宿命転換の道です。心には、弱い面と強い面の二面がある。
信心は、妙法と一体になり、仏界の無限の力を現していく強い心に通じていきます。それゆえに『心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず』と仰せなのです。
大聖人の自己凝視は、まだ続きます。次は、過去世でどうだったのかを述べられていく。いよいよ宿業の問題です。
(つづく)
御書の世界(下)第十章佐渡流罪
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