◆あなたに贈る日めくり人間革命◆
※今日一日このスピーチの実戦を心がけてください。
 あなたの人間革命に乾杯!
◇使命◇
第1135回
2016-02-12
生死を超えて、汝の為すべきことを為せ! (2)
<本有の生死の苦は信心の糧となる> 
(つづき)
 そして無我夢中で二年がたった。彼女に再び「試練の弾丸」が襲った。左ひざに、しこりのようなものがあり、日本に帰国して検査したら、悪性の腫瘍であった。「左足のつけ根から切断しないと、生命の保証はできない」と。
  世界中の時間が止まったようなショックだった。その時、お母さんの顔が浮かんだ。近隣の人も驚くような美しい成仏の相で亡くなったお母さんの遺言が、耳もとに蘇った。
 「あなたには、御本尊様があるじゃないの。あなたのことは、全部、御本尊様にお願いしたから、まったく心配はないよ……」と。
  「そうだ、この時のために、母が命をかけて私に信心を教えてくれたんじゃないか!」
  彼女は意を決して、日本で手術を受けた。足の切断はまぬかれたが、五十針も縫う大手術。主治医からは「一生、歩くことは不可能」と告げられた。
  しかし彼女は「スペインの同志のために、必ず、もう一度、歩いてみせる!」と決めたのです。そして病魔と戦った。
  (石のように、まったく動かなかった左足だったが、手術から数十日後、ぴくっと親指が動いた。「あっ、動いた!」。そして何と手術で、えぐり取られたひざの肉が、少しずつ盛り上がってきた。リハビリにも執念で取り組み、手術から七ヵ月後、医師の「君の体は医学では説明できない」という言葉に送られて、自分の足で歩いて退院した)
  すさまじい闘争だった。経済的にも、ぎりぎりのところにいた。それでも彼女は「広宣流布をやるんだ」と命を燃やしていた。そして再び、自分の足で、スペインの大地に立ったのです。

  時に、昭和54年(1979年)の四月。私が第三代会長の勇退を発表した月です。彼女は、私の正義を証明するためにも負けてなるものかと頑張ったのだという。その心を私は忘れません。
  体力的・金銭的問題もあって、日本に帰ったが、それからも、あちらで折伏があると聞けば、飛んで行って体験を語り、部員さんが悩んでいると聞けば、駆けつけて激励した。国際部の翻訳グループとしても頑張っていた。
  個人折伏も十人以上。同じ、足の腫瘍を患っていた少女も激励した。少女は感激し、やがて創価大学に進学しました。
須田 聞けば聞くほど、「なまはんかな信心ではいけない」と、粛然たる気持ちになります。(つづく)
法華経の智慧 薬王菩薩本事品 第二十三章
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