◆あなたに贈る日めくり人間革命◆
※今日一日このスピーチの実戦を心がけてください。
 あなたの人間革命に乾杯!
◇音声◇
第1145.2回
2016-03-02
人の話をよく聞く(2) (2/2)
<悩んでいる人は幸せになろうとしている証し> 
(つづき)
 
「苦悩」の泥沼から「仏界」の蓮華

 なぜ、そうなるのか。
  じつは、「幸福になりたい!」という切実な苦悩の声の中に、すでに「仏界」への芽ばえが含まれているのです。それを見抜くのが「観世音」の本義でもある。
  日蓮大聖人は「観世音」について、「観とは円観なり世とは不思議なり音とは仏機なり」と仰せだ。「世」とは十界の衆生です。「諸法実相の観世音なれば地獄・餓鬼・畜生等の界界を不思議世界と知見するなり」
  地獄の衆生のうめき声。その音声も「不思議世界」妙法の世界の音声です。十界互具だから、地獄は地獄そのままの姿で十界の当体であり、仏界の当体なのです。
  そう観るのが、観世音の「円観」です。「音とは諸法実相なれば衆生として実相の仏に非ずと云う事なし」
  どんな人の、どんな悩みの音声であれ、「実相の仏」を、そこに観じなければならない。「諸法」という現実の泥沼の中からこそ、「実相」の美しき蓮華が咲くのです。すべての衆生が蓮華仏です。妙法蓮華経の当体です。そう観るのが「観世音」なのです。
――そう言えば、観世音の像は手に蓮華を持っていることが多いです。――
 蓮華は「慈愛」の象徴とも言える。
  観音品に「慈眼をもって衆生を視る」(法華経六三八ページ)とある。「慈眼」で視るとは、単なる憐れみではない。「この人がじつは仏なんだ。それを自分で知らないで苦しんでいるんだ」と観る眼です。
  人はつねに苦しむ。「もう、だめだ」「おしまいだ」「自分は最低だ」「生きていても、しかたがない」──そう苦しんでいる。
  苦しんでいるのは、幸福を求めているからです。「幸せに生きたい!」というのは万人の本源の叫びなのです。その声を無視したり、差別しては、何のための宗教か。
  観世音とは、たとえば、商売が挫折しそうになって苦しんでいる時、救いを求める必死の「世音」に応えてくれる。助けてくれる。そうすることによって、より深い絶対的幸福──仏界へと導き入れてくれる。そういう久遠の本仏の慈悲を表している。
――商売繁盛を願う心を「卑近」だとか「現世利益」だとか見くださないのですね。――
 見くださない。その「煩悩」を使って、仏界の「菩提」へと進ませる。向上へのエネルギーに変えていく。苦しい「煩悩」の必死の叫びの中にこそ、「菩提」への芽があると、本質を「円観」していくのです。
法華経の智慧  観世音菩薩普門品 第二十五章
Click here to see your activities