◆あなたに贈る日めくり人間革命◆
※今日一日このスピーチの実戦を心がけてください。
 あなたの人間革命に乾杯!
◇3・16◇
第1402回
2017-03-16
 3・16「広宣流布記念の日」の意義
 彼は、マイクに向かうと、「福島創価学会に、これだけの優秀で立派な男女青年部がいることに、深い感動を覚えるとともに、未来は盤石だと、心から安心しております」と語り、「3・16」の意義に言及していった。
  「『広宣流布記念の日』の淵源となった昭和三十三年(一九五八年)三月十六日の儀式というと、時の総理大臣が来る予定であったことが、語り継がれておりますが、それは、決して本質的な問題ではなかった。
  戸田先生は、そんなことよりも、次の時代の一切を青年に託すという、いわば付嘱の儀式を行おうとされたんです。
  広宣流布というのは、一万メートル競走のように、ゴールがあって、そこにたどり着いたら、それで終わるというものではない。
  むしろ、″流れ″それ自体であり、常に、いつの時代も青年が先駆となり、原動力となって、さらに″新しい流れ″をつくり続けていく戦いなんです。
  戸田先生と師匠の牧口先生とは、二十九歳の年の開きがあった。軍部政府の弾圧によって、共に投獄されたお二人は、逮捕された年の九月、警視庁の二階ですれ違った。
  戸田先生は『先生、お丈夫で!』と声をかけるのが精いっぱいであり、牧口先生は、頷くことしかできない。それが、最後の別れとなった。
  しかし、この瞬間が、師から弟子への、広宣流布のバトンタッチでもあった。
  牧口先生は獄中で亡くなられたが、戸田先生は、生きて獄門を出られた。そして、広宣流布の大発展の流れをつくられたんです」
  山本伸一は、戸田城聖を思い浮かべるように、目を細めながら語っていった。
  「戸田先生は、自ら誓願された会員七十五万世帯を達成された。昭和三十三年(一九五八年)三月には、憔悴しきっておられた。先生と私とは、二十八歳の年の差がある。
  牧口先生が、戸田先生に広宣流布のバトンタッチをされたように、戸田先生は、未来のために、広宣流布の一切を、私をはじめとする青年たちに託された。それが、あの六千人の青年が集った『3・16』の儀式なんです。
  次の広宣流布の流れは、青年につくってもらう以外にない。そして、さらに若い世代が、次のもっと大きな拡大の流れをつくる。その永続的な戦いが広宣流布なんです。
  したがって、後継者が臆病であったり、力がなく、自分たちの世代に、仏法流布の流れを開いていくことができなければ、広宣流布の未来も、学会の未来もなくなってしまう。
  ゆえに私は、青年部の、また、高等部をはじめ、未来に生きる各部の皆さんの育成に、真剣勝負で臨んでいるんです。
  広宣流布は諸君に託すしかない。私は、君たちのために、すべてを注ぎ尽くします。命をも捧げる思いでおります」
  伸一は、それから、青年期は、苦闘と葛藤の連続であり、さまざまな誘惑もあることを述べた。
  「しかし、どんなことがあっても、人生の究極の法である仏法の世界から、創価学会という仏意仏勅の組織から、絶対に離れるようなことがあってはならない。どうか、日蓮大聖人の、『善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし』との御言葉を心肝に染めていただきたい。
  人生には、常に、悩み、苦しみがあるものです。しかし、二十年、三十年と信心を貫き、広宣流布の使命に生き抜いていくならば、何ものにも負けない、強い、金剛不壊の自身を築くことができます。その生命の変革があってこそ、所願満足の人生を歩んでいくことができるんです」
  山本伸一の声に、一段と力がこもった。
  「弱い自分に打ち勝ってこそ、人生の栄光はあります。
  苦難の荒波に、どんなに打ちのめされようとも、粘り強く、そこから決然と立ち上がる力――それが信仰です。それが、地涌の菩薩です。真の学会員です。
  どうか、皆さんは、大試練の時こそ、″われらは、創価の後継者なり″″われらは、新時代の山本伸一なり″との自覚で、さっそうと立ち上がってください。その希望あふれる姿が、広宣流布の力となります。
  これだけの青年が、人びとの勇気の原動力となり、未来を照らす福光の光源となっていくなら、福島は盤石です。二十年先、三十年先、四十年先の、凛々しき闘将となった諸君の勇姿を思い描いて、私の本日の話とさせていただきます。ありがとう!」
  会場は、雷鳴を思わせる青年たちの決意の大拍手に揺れた。
  伸一は、さらに、皆のために、ピアノを弾いた。曲は、楠木正成と正行の父子の別れと誓いをうたった、あの″大楠公″であった。
  ″君たちの闘魂で、英知で、力で、二十一世紀の広宣流布の突破口を開くんだよ!″
 彼は、こう語りかける思いで、三曲、四曲とピアノを弾き続けた。″福光の種子は植えられた″との、手応えをかみしめながらの、喜びの演奏であった。
小説『新・人間革命』 第25巻 福光(57~59)
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