◆あなたに贈る 日めくり人間革命◆
※今日一日このスピーチの実戦を心がけてください。
 あなたの人間革命に乾杯!
日めくり人間革命
◆慈悲◆
第1139回
2016-02-20
忍辱の心に仏あり

<一番苦しんでいる人のもとへ走る人が、一番偉い>
 娑婆世界──一番苦しんでいる人のところへ行くのが「仏」です。皆と苦しみをともにしていくのが本当の「仏」なのです。それ以外にはありません。
 坊主が偉いのか。断じて、そうではない。政治家や有名人が偉いのか。断じて、そうではない。役職が高い人が偉いのか。絶対に、そうではない。一番苦しんでいる人のもとへ走る人が、一番偉いのです。
  ご主人に信心を反対され、いじわるされ、皆に悪口を言われ、それでも耐えに耐えて、皆の幸福を祈って広布へ動いている──そういう最前線の婦人部の方が偉いのです。
 「仏」とは、その方の「忍辱の心」のことなのです。
  ともあれ、戸田先生は″娑婆即寂光″について、「ここへきて仏法が、ひっくり返ってしまったのです」と言われていた。それまで説かれていたような、どこか速い「浄土」が理想なのではない。いつかすばらしい「別世界」に到達するのでもない。
  永遠に、この苦悩うず巻く世界で生き抜き、「広宣流布へ」「広宣流布へ」と永遠に前進していく。その「忍辱の心」以外に「仏」はないということです。
  娑婆即寂光は「国土」に即して言ったことです。それを「人」に即して言うと、じつは仏とは、現実には「菩薩仏」以外にないのです。
  釈尊もじつは「菩薩」であり、同時に「仏」であった。そもそも「菩薩」とは、釈尊の修行時代の姿がモデルになつていると言われる。しかし、修行時代だけが菩薩だったのではない。いわゆる成道後も、釈尊は、みずからの悟った大法を弘めるために菩薩の行動を続けた。
  内にあふれてくる「永遠の生命」を自受法楽しつつ、人々にその法を弘めるために行動したのです。「菩薩仏」です。
  「それまでの仏法がひっくり返ってしまった」というのは、ここです。
  要するに、成道後も、どこまでも「人間」であり続けたということです。
 「人間に帰れ!」というのが法華経なのです。
法華経の智慧 如来神力品 第二十一章
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