◆あなたに贈る 日めくり人間革命◆
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日めくり人間革命
◆宿命転換◆
第0656回
2014-07-26
宿命転換の原理(9)
<「大願の生命」が苦難や宿業をすべて飲み込む>
大願に立たれる大聖人は『大難・風の前の塵なるべし』(開目抄下、232頁、編462頁)と仰せられた。大願に立脚した透徹した境涯から見れば、宿業の有無は本質的な問題ではない。仮にいかなる苦難や宿業があっても、大願の生命はすべてを大きく飲み込んでいくからです。
「佐渡御書」で御自身の宿業について記されているのも、難に苦しむ門下を励まされるためです。“難を受けている今こそ、罪障消滅して成仏の境地を確立する時である”ということを、どこまでも御自身の御姿を通して示されているのです。
ありがたい御本仏であられます。
――よく「御本仏なのに宿業があるのはおかしい」と問われますが
仏を人間以上の何か特別の存在と考えるか否か、の違いであると思います。日蓮大聖人は、どこまでも凡夫の身に仏界の生命を現された「凡夫即極」の仏であられる。また、仏界の生命を中心として表現すれば「示同凡夫」(仏が凡夫と同じ姿を示す)とも言える。
大聖人にも生老病死があられた。万人と同じその人間の身に、偉大なる仏界の生命を現されたのです。
仏界が涌現しても、凡夫の身を改めて特別な姿になるわけではありません。同じ人間として、しかも民衆の出自であることを誇りとされた人間として、大難が宿業転換への道であることを身をもって証明されたのです。それこそが偉大なのです。末法の衆生の主師親であられるゆえんです。
(つづく)
御書の世界(下)第十章佐渡流罪
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