◆あなたに贈る 日めくり人間革命◆
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 あなたの人間革命に乾杯!
日めくり人間革命
◆体験◆
第1272回
2016-10-13
常に自身の「体験」の上から、
 「信じられるのか」「正しいのか」を検証すること 
ハーバード大学での講演では、アメリカ・ルネサンスのリーダーであった哲学者・エマーソン(一八〇三〜一八八二年)の言葉を紹介した。
  「私のうちに神を示すものが、私を力づける。私の外に神を示すものは、私を、いぼや瘤(こぶ)のように、小さなものとする」(『エマソン選集第』1,斎藤光訳、日本教文社)と。
  人間を根本としない形式主義、権威主義は、自分を、醜く、卑小なものにしてしまう。
  私どもの立場でいえば、御本尊を信ずる自身の中に「日蓮大聖人」の御生命がわいてくる。自身の生命にある尊極の「仏界」、己心の「本尊」を示すものが、「自分を力づけて」くれる。それが妙法であり、信心である。
  日寛上人は「観心本尊抄文段」の中で「我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり」(文段集五四八ページ)と述べられ、我々が御本尊を信受し唱題する意義は、大聖人の御境界を顕された一念三千の御本尊を、我が身に顕すことであることを示されている。この法理には、何の差別もない。
  また戸田第二代会長は、次のように語っている。
  「日蓮大聖人の御生命が南無妙法蓮華経でありますから、弟子たるわれわれの生命も同じく南無妙法蓮華経でありましょう。ですから『日女御前御返事』には、『此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり』。このようにおおせられているのであります」
 「われわれが信心すれば、日蓮大聖人様の所有の根本の力が、われわれの生命に感応して湧いてくるのです。われわれもやはり、ありのままの永遠真如しんにょの自分にかわるのです」
  エマーソンについては、コックス教授も、お手紙の中で、こう書いておられる。
  「エマーソンは、ハーバード大学神学部での有名な講演や、そのほかでも訴えていますが、『人間は外発的な権威、あるいは伝統のみで、漫然と宗教を受け入れるべきではない』と主張しました。
  精神的な方向づけは、すべての人間に不可欠のものではあります。しかし、人間は自らの体験により、それを検証し、自己のものとしなければなりません」と。
  すなわち、宗教とは、権威や伝統、形式といった″自分の外にあるもの″からのみ、与えられたものであってはならない。常に自身の「体験」の上から、「信じられるのか」「正しいのか」を検証しなければならない、というのである。
  学会の「体験談」「実験証明」を中心にした在り方が、いかに正しいかの一つの証明である。
1992年1月15日 全国青年部幹部会、新宿・港合同総会
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