◆あなたに贈る 日めくり人間革命◆
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 あなたの人間革命に乾杯!
日めくり人間革命
◆師弟不二◆
第1116回
2016-01-17
弟子(1)

<師の一言をすべて実行>
『今日、死んだらどうしようか』
 嘱累品は、「付嘱」の章です。「付嘱」とは「後継」です。「後継」とは「師弟」です。ゆえに、嘱累とは「後継品」であり、「師弟品」とも言える。
末法に広宣流布していくための「広宣流布の師弟」品です。戸田先生も、嘱累品を大切に感じておられた。(中略)
 弟子の側から言えば、「私が全部、苦労を担っていきます」というのが「嘱累」です。それで師弟相対になる。師弟というのは、厳粛なものです。師の一言でも、どれだけ真剣に受けとめているか。「すべて実行しよう」と受けとめるのが弟子です。
 師匠の「口まね」をするのが弟子なのではない。「実行」こそ「弟子」の証です。
 話は飛躍するようだが、ある時、戸田先生が大阪の花園旅館という宿舎で、急に、こんなことを言われた。「今、わしは『今日、死んだらどうしようか』『今日、内閣総理大臣になったらどうしようか』と思索している」と。
 真剣な顔で言われた。朝、早かった。ふつうなら「朝ご飯、まだかな」とか(笑い)、「もうちょっと、寝ていたいな」とか(笑い)、そんなところでしょう。
 しかし、先生は真剣に思索しておられた。
 私も、それ以来、先生のお言葉を糧にして、自分なりに思索したものです。(中略)
 自分は、今、死んでも成仏するに決まっている──そう言いきれる信心をしていきなさいということです。もちろん、広宣流布へ向かって、今世の使命の達成に向かって、「生きて生きぬかなければ」ならない。
 そのうえで、いつ死んだとしても、自分の信心には悔いがない、自分はやりきった、今死んでも一生成仏できるに決まっている、そう確信できる──うぬぼれは、いけないけれども──そういう信心をしていきなさいということだと、私は受けとめた。
 一生成仏──何があつても楽しいという、最高の「歓喜の中の大歓喜」は信心以外にない。広宣流布へ、だれが見ていようがいまいが、戦いきる以外に味わえない。そういう信心を、今、自分はしているか。それを、じっと静かに見つめてみなさいということです。
 人間の一日には“八億四千の念々”があると言われている。(御書471頁)
 心は、ぱっ、ぱっ、ぱっ、ぱっと、いつも変わる。
 八億四千というのは、当時の「億」は「十万」の意味とも言われているから、「八十万四千」となるかもしれない。いずれにしても、すごい変化、変化です。
 そのうちの、どれだけ自分は広宣流布のことを思ったか、御本尊のことを思ったか、学会のことを、同志のことを思ったか、行動したか、行動しなかったか。
 その差し引き、プラスマイナスの総合点で、自分の境涯が決まってくる。「心こそ大切なれ」です。信心は形式ではない。
(つづく)
法華経の智慧 嘱累品 第二十二章
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